スプライシング調節薬の低分子化

初のSMA(脊髄性筋萎縮症)治療薬として昨年登場したバイオジェンのヌシネルセン(スピンラザ)は、その圧倒的な薬効から、核酸医薬というニューモダリティの威力を知らしめた。一方で、年間数千万円という”超高額薬価”が話題となり、一部では「命の値段」についての報道もあったようである。実際、やはりイギリスのNICEには拒否されている。

高コストの原因は希少疾患の治療薬であること自体にあるが、核酸医薬というモダリティがそれに拍車をかけているのも事実である。そうした中、いわば低分子版ヌシネルセンであるロシュのリスジプラム(Risdiplam, RG7916)の臨床試験が順調に進んでいる。いつものJMC誌にリスジプラムの創生が報告されていたので紹介したい。

核酸医薬の課題

低分子以外のニューモダリティの高コスト性は既に抗体医薬で散々話題になっているが、それにしても核酸医薬の値段は群を抜いている。核酸医薬はもともと生産コストが高いのもそうだが、理由はそれだけではない。

核酸医薬は実はかなり制約の大きい技術なので、低分子や抗体では絶対に治せないような疾患を標的にしなければ優位性が保てない。そういった疾患は必然的に希少疾患になるし、創生した薬剤は自動的にファーストインクラスとなる。従って、非常に少ない患者数でも研究開発費がペイできる価格設定が必要になり、高価になってしまうのである。直接材料費だけが問題ではないのだ。

それではどういった制約があるのかというと、基本的には薬物動態に起因する。核酸医薬は肝臓に集積するので、標的臓器に送達させるのが難しい。しかも肝毒性が出てしまうから、皮下注や静注といった全身投与のハードルは高い。既存の核酸医薬は硝子体投与だったり標的臓器が肝臓だったりと、この問題を回避できる疾患を慎重に選んでいる。

もう1つの問題は、血液脳関門を突破できないことにある。SMAでは中枢神経系の運動ニューロンに薬剤を送達させなければならないから、髄腔内投与という侵襲性の高い投与経路が必要になる。もっとも、これにより前述の薬物動態の問題は克服できる。

一方で、SMAは運動ニューロンに限らず全身の細胞が病態に関わっているらしい。だから本当は全身性に薬剤を送達させることが望ましいと考えられるのだが、髄腔内投与ではそれができないし、全身投与も現在の核酸医薬では難しい。

それではヌシネルセンのDDSを工夫してなんとかしようかとなりそうなものだが、ロシュはそうしなかったようだ。核酸医薬の専売特許と思われていたスプライシング調節を、なんと低分子で実現してしまった。ほとんどアンドラッガブルだと思われていたようなことを、やってのけてしまったのである。

リスジプラムの創生

実はリスジプラムは、RG7800という低分子化合物を改善したものである。ロシュはもともとSMA治療薬としてRG7800の開発を進めようとしていたのだが、長期の毒性試験中にカニクイザルで網膜毒性が出てしまった。これは臨床より遥かに高い投与量だったため、SMAが治療薬の無い致死性の疾患であったことを考えると、開発を進める選択肢もあったのではないかと思う。しかし、ロシュはRG7800の開発中止を決断し、リスジプラムを見出すことになる。

ロシュの仕事は丁寧だった。副作用の原因としてスプライシング調節の選択性の問題を想定し、トランスクリプトーム(全mRNA)解析によりmRNAレベルの変動している42遺伝子を同定した。中でもFOXM1という細胞周期の制御に関わる遺伝子に注目し、これがカニクイザルで見られた種々の毒性をよく説明できることを見出した。

種々の誘導体のSMN2FOXM1に対する活性を、iPS細胞を用いたRT-qPCR(逆転写定量PCR)により測定した。残念ながら両者は高い相関を示したため、in vivoでの選択性を高めることに焦点を移すこととした。代謝物検索をしたところ、9%も含まれるデメチル体がRG7800よりも10倍強いSMN2FOXM1の活性を持つ上に、P-gpの基質となり中枢に留まらないことが明らかになった。

ここまで分かればようやくメドケムの出番である。N-メチル基を環化又は移動させることでデメチル化を抑制することを基本方針とした化合物デザインを行い、更に脂溶性と塩基性による絞り込みと目視による選定を経て、40化合物を合成することにした。この中に、全ての課題をクリアしたリスジプラムが含まれていたのである。後は丁寧に化合物のプロファイリングを行い、スプライシング調節の選択性まで確かめている。

感想

論文用に多少ストーリーが作られているところはあるにせよ、それを差し引いても薬理部門の課題抽出が見事である。論文で書かれているメドケムの仕事自体は誰にでもできそうなものだが、これだけお膳立てされているのだからできて当然である。もっとも、お膳立てが無ければ何が課題か分からないのだから、どれだけ力技で合成しても無駄なのだが。

最初はメドケムが生き残れる可能性を示した論文かと思ったが、どうやらその逆のようだ。ことアンドラッガブルな標的に対しては薬理が圧倒的に重要なのであり、メドケムのスキルは陳腐なもので十分に感じられる。低分子化だけで生き残るというのは、やはり難しいのかもしれない。

出典

“Discovery of Risdiplam, a Selective Survival of Motor Neuron-2 (SMN2) Gene Splicing Modifier for the Treatment of Spinal Muscular Atrophy (SMA)”

L. Mueller et al., J. Med. Chem., 61, 6501 (2018)

doi: 10.1021/acs.jmedchem.8b00741

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