免疫細胞のリターゲッティング

免疫チェックポイント阻害薬の台頭により、がん免疫療法の研究が爆発的に進んでいる。現在の主要な論点の一つは、如何にがん細胞に対する免疫細胞を誘導するか、というところにある。免疫チェックポイント阻害薬は免疫のブレーキを解除するだけだから、主役がいなければ効果は見込めないのである。

アプローチは大きく2つに分けられる。1つ目は、併用療法による免疫系の活性化やSipuleucel-Tに代表される樹状細胞ワクチン療法などを通じて、がん細胞を標的とする免疫細胞を作り出すというコンセプトである。2つ目は、生体内にもともと存在する免疫細胞の標的をがん細胞に向け直す、つまりリターゲッティングさせることで、必要な免疫細胞を即席で作り出してしまおうというコンセプトである。

このコンセプトに基づいたアムジェンのブリナツモマブが日本でも承認され、いよいよリターゲッティングが現実のものとなってきた。この機会に、BiTEと関連アプローチを紹介したい。

BiTE: 二重特異性T細胞誘導抗体

T細胞のリターゲッティングというコンセプトは意外に古く、1970年代に提唱されていた。T細胞は樹状細胞やマクロファージと比較にならないくらいたくさんいるし、がん細胞に浸潤して外からも中からも攻撃できるから、非常に効率が良いという考えである。

このアイディアに基づいて、1980年代には三重特異性抗体が作られた。これは2種類のFab領域とFc領域を持つフルサイズの抗体で、2つのFab領域はそれぞれT細胞とがん細胞を特異的に認識する。この分子がT細胞とがん細胞を紐付けることで、T細胞の本来の特異性と関係なくがん細胞を攻撃できるのである。

残るFc領域はマクロファージ等に結合してT細胞を活性化すると考えられているが、別の免疫細胞が関与することで予想外の副作用が起きることが懸念された。そのため現在ではFc領域を省いた人工抗体、より詳細には2種類のscFv鎖をリンカーでつないだ二重特異性抗体が主に研究されている。これが二重特異性T細胞誘導剤 (Bispecific T-cell engager, BiTE)である。

アムジェンのブリナツモマブもBiTEであり、T細胞受容体の複合体の一部であるCD3と、B細胞上のCD19に対するscFv鎖がつながった構造をしている。これによりT細胞がCD19+B細胞を攻撃するよう仕向けられるから、B細胞性急性リンパ性白血病(ALL)の治療薬となるのである。

この技術の課題は、持続点滴静注を要することである。抗体の安定化に重要なFc領域を削った代償として、血中半減期が2時間程度と非常に短くなってしまったためだ。一方で、同じALL治療薬であるCD19 CAR-Tと比べて製造コストが段違いに安いという点においては、T細胞のリターゲッティングというコンセプトのメリットが際立つものとなっている。

ARM: 抗体誘導二価リガンド

Yale大学のSpiegel教授は、Antibody-Recruiting Molecules (ARM)という概念を提唱している。こちらはT細胞ではなくマクロファージやNK細胞を呼び寄せて標的を攻撃する、つまりADCC活性を利用する点が異なるが、基本的な考え方はBiTEとパラレルである。

そもそもの着眼点は、抗体医薬の低分子化という点にある。抗体医薬は高価なことや経口投与できないことが課題になっているが、抗体は人体の中にいくらでも存在する。だから抗体をリターゲッティングしてやることができれば、外から抗体を入れなくても同じことが実現できるはずである。

実は人類の多くは、ジニトロフェニル基(DNP基)に対する抗体を数%持っている。その原因は定かではないが、染料や防腐剤、殺虫剤等の化学物質に含まれるDNP基に由来するのではないかと考えられている。

ここで、DNP基とがん細胞特異的な受容体に対するリガンドをリンカーでつなげた、二価の低分子を考えよう。リガンド側はがん細胞上の受容体に結合し、がん細胞がDNP基で標識される。人体にもともと存在する抗DNP抗体はこれを認識して結合し、続いて抗体がADCCを誘導してがん細胞を破壊する。

物性や安全性が気になるところではあるが、臨床応用できれば非常に面白い。二価リガンドの合成という、メドケムの本領が発揮できそうな点も好印象である。しかしながら、今のところ臨床試験に進んでいるものは無さそうである。

ACCEL: convertible CAR-T

ここまでは生体内に元から存在する免疫細胞のリターゲッティングを行う技術だったが、T細胞自体を外から導入してしまう手法も考えられている。厳密にはリターゲッティングではないものの、CAR-Tもキメラ抗原受容体を遺伝子導入して人為的に標的を定めているのだから、その意図するところは同じである。

Xyphosという最近設立されたベンチャー企業が開発しているのが、convertible CAR-Tという技術である。同社はこれをACCELテクノロジーと呼んでいる。もちろん、CARのダジャレである。

通常のCAR-Tが何を攻撃するかは、導入したキメラ抗原受容体のscFv鎖により決まっているから、1種類の抗原しか認識できない。

Xyphosは従来のCAR-Tという言わばパッケージを、ハードウェアとソフトウェアに分離した。ハードウェアであるconvertible CAR-Tにはキメラ受容体が導入されている。一方、ソフトウェアである二重特異性抗体(MicAbody)は、このキメラ受容体とがん細胞特異抗原を認識するようになっている。二重特異性抗体は任意のものを後入れで使えるから、生体内で任意のCAR-Tを作り出せるという仕組みである。

メリットはいろいろあり、例えばキメラ受容体は改変したものを用いているからMicAbody以外とは反応しない。従って、MicAbodyを後入れしなければ何の作用も示さず、薬効を制御できる。がんの変異に応じてMicAbodyを変更することで、究極のPrecision Medicineが実現できる。MicAbodyに様々な付加価値を持たせる(MicAdapter)ことができる。convertible CAR-Tそのものはハードウェアで共通なので、他家細胞で作り置きもできるかもしれない。

もっとも、サイエンスとしては非常に面白いが、実用化にはかなりの障壁がありそうである。convertible CAR-Tだけでなく全種類のMicAbodyについて臨床試験が必要だろうから、現行制度ではメリットが生かしきれないように思われる。少なくとも現時点では、生体内の免疫細胞を流用するリターゲッティングの方が現実的であろう。

それでもうまくいけば、いわゆるプラットフォーマーとして莫大なリターンが期待できる。ナノマシンという未来のプラットフォーム戦争の幕開けを見ているのかもしれない。

感想

BiTEというニューモダリティもまた、抗体医薬という旧ニューモダリティの積み重ねの上にある。ブリナツモマブの成功を受けて研究が活発化すると思われるが、やはり抗体で出遅れた日本勢がどれだけ勝負できるのか未知数である。

それにしても、BiTEにARM、PROTACと、ヘテロダイマーによる機能の付加という方向に時代は向かっているようだ。実はこういう組み合わせ論的イノベーションは、日本のお家芸だったのではないか?ここに、日本勢の勝機が見出だせるかもしれない。

出典

“Bispecific T-cell engagers for cancer immunotherapy”

C. L. Sentman et al., Immunol. Cell Biol., 93, 290 (2015)

doi: 10.1038/icb.2014.93

“Antibody-Recruiting Molecules: An Emerging Paradigm for Engaging Immune Function in Treating Human Disease”

D. A. Spiegel et al., ACS Chem. Biol., 8, 1139 (2012)

doi: 10.1021/cb300119g

Xyphos

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