【薬価2億円】SMA遺伝子治療薬のゾルゲンスマがそれでも安い理由

ノバルティスのZolgensma(ゾルゲンスマ)が米国で承認されました。薬価は212.5万ドル(2億3000万円)と発表され、世界一高い薬となりました。今回も超高額薬価ばかりを誇張した報道がされるでしょうが、ゾルゲンスマが遺伝子治療薬であるという本質を見逃してはいけません。ゾルゲンスマの投与は1回きりであり、長期的に見れば安い薬かもしれないのです。

第二のSMA治療薬

ゾルゲンスマはSMA(脊髄性筋萎縮症)の治療薬であり、これは超高額医薬品として話題になった核酸医薬ヌシネルセン(スピンラザ)と同じ疾患です。以前の記事では、その低分子版であるロシュのリスジプラムの治験が順調に進行中であることを紹介しました。リスジプラムは2020年の上市が予想されていますが、それよりも一足早く遺伝子治療薬のゾルゲンスマが登場することになりました。

ゾルゲンスマはもともとはAveXisというシカゴのバイオテックが起源の薬で、ノバルティスは2018年にこのAveXisを1兆円で買収することによりAVXS-101(ゾルゲンスマ)を獲得しました。CAR-Tという細胞医薬のキムリアもそうですが、ノバルティスの新規モダリティへの力の入れようが分かります。

初のSMA(脊髄性筋萎縮症)治療薬として昨年登場したバイオジェンのヌシネルセン(スピンラザ)は、その圧倒的な薬効から、核酸医薬というニューモ...

ゾルゲンスマがなぜ「安い」か

ここでヌシネルセンの治療コストを見てみましょう。 米国ではヌシネルセンの薬価は初年度75万ドル(8000万円)、それ以降は毎年38万ドル(4000万円)に設定されています。従って、5年経過時点で230万ドル(2億5000万円)かかることになります。

一方のゾルゲンスマは遺伝子治療薬なので、投与は1回きりです。これはSMN遺伝子が患者の細胞に組み込まれて正常なSMNタンパク質を作り続けるため、従来の医薬品のように補充する必要が無いからです。

ゾルゲンスマは213万ドル(2億3000万円)という薬価の絶対値こそ高額ですが、5年経過時点での薬価はヌシネルセンの2億5000万円と同等です。そして大事なことに、ヌシネルセンはそれ以降も毎年治療費がかかりますが、ゾルゲンスマはそれが必要ありません。6年目以降は毎年4000万円が節約できるという見方が可能で、このことこそがゾルゲンスマが安いと考えられる理由です。

ところで、ヌシネルセンは年齢制限がありませんが、ゾルゲンスマは2歳以下のSMA患者が対象となっています。従って、当面は新規SMA患者への処方が中心になりそうです。報道では30%の医師が新規SMA患者にゾルゲンスマを処方すると見込まれており、ピーク時売上高のコンセンサスは年間2000億円だということです。

Known as Zolgensma, the gene therapy treats children under two years of age with spinal muscular atrophy, an inherited neuromuscular disease.

遺伝子治療は本当に1回きりか?

上記の超高額薬価の正当化は、遺伝子治療の効果が半永久的に持続するという前提に基づいています。しかし、もし遺伝子治療の効果が途中で切れてしまうようなら、新たに薬が必要となり、その分の治療コストがかかってしまいます。

従って、特にペイヤー(保険会社)の立場からは遺伝子治療の持続性は非常に重要です。遺伝子治療が10年確実に続くなら従来型の医薬品よりも安いので、ペイヤーはむしろ積極的に超高額医薬品の遺伝子治療薬を推奨するでしょう。しかし、逆に5年以内に効果が切れてしまうようなら、従来型の医薬品を使い続けてもらう方が安上がりです。

治験では遺伝子治療の一生涯の持続性を確認することはできないので、ここをどう説明するかが重要です。ゾルゲンスマも4年間は薬効が持続するということしか分かっていません。そもそも遺伝子治療自体の歴史が浅いため、正確なところは誰も知らないというのが現状のようです。

ペイヤーが求める遺伝子治療の条件

ペイヤーの立場を掘り下げて考えると、遺伝子治療に求められる条件が見えてきます。前述の通り、遺伝子治療の治療効果は長期間、できれば一生涯続くことが必要です。

そして治療効果が一生涯続くならば、遺伝子治療を始めるのは若ければ若いほどコスパが良いことになります。ということは、必然的に小児への適応が重視されます。余命10年の老人では遺伝子治療のポテンシャルは生かせませんが、小児なら遺伝子治療の効果が100年も続く可能性があるわけです。

余命10年と余命100年なら、1年あたりのコストは10倍違います。ゾルゲンスマのように5年でペイできる薬なら、前者は5年分の節約に過ぎませんが、後者は95年分の節約になります。ですから、なるべく若い頃から治療を始められること、特に小児に適応できることが求められているのです。

For patients who are appropriate candidates for gene therapy, early intervention can maximize value by eliminating potential future costs.

これまでの常識では、小児を適応とした開発はタブーに近いものがありました。医薬品の開発戦略上リスクが高いし、その割に市場も限られるからです。従って、通常の医薬品では成人で開発してから、必要なら小児に適応拡大するということが行われます。

小児への適応は科学的にも課題があります。小児の身体は発達途上であり、定常状態にある成人と比べて薬効や副作用が予想しにくいのです。これは遺伝子治療においても大きな問題です。

細胞分裂が盛んな臓器では、遺伝子治療済の細胞が希釈されてしまう可能性があります。遺伝子導入されていない通常の細胞が分裂を続ければ、遺伝子治療済の細胞数は相対的に少なくなってしまうからです。これは、導入遺伝子がゲノムに取り込まれて細胞分裂の際に娘細胞にも引き継がれるようにすることで解決できるかもしれません。ただし、細胞分裂速度が通常細胞よりも遅いなら、結局導入した遺伝子が希釈され薬効が切れてしまうはずです。

薬効の持続性の証明と小児への適応。超高額薬価を正当化するためにサイエンスが課された宿題は簡単ではありません。それでもそこに患者がいる限り、科学が立ち止まることはありません。


遺伝子治療薬は、超高額薬価が行き着くところに行き着いた、ただ高いだけの医薬品ではありません。むしろその逆、トータルコストでは安くなる可能性も秘めた新しい医薬品です。
古くはワクチンが、最近ではC型肝炎薬のハーボニーがそうであったように、1回の治療で済むというベネフィット・回避できるコストを「医薬品の価値」として正しく訴求していく必要もあるでしょう。

ゾルゲンスマの登場は、医薬品の価値・費用対効果の議論を加速させます。我々は今、持続可能な医療とは何かを真剣に考える、新しい時代を迎えているのです。

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