Barabási Albert-László(バラバーシ・アルベルト・ラースロー)は理論物理学者で、ネットワークサイエンスの第一人者として知られています。近年ではネットワークファーマコロジーの分野にも進出し、AIの台頭も相まって創薬分野でも非常に注目を集めている研究者の一人です。
昨年出版された“The Formula: Universal Laws of Success”は、「どうやったら成功できるか」という誰もが気になる問題を科学的に解説した本で、米国ではベストセラーになっています。日本語に訳すと「勝利の方程式:成功の普遍的法則」といったところでしょうか。
今回はバラバーシの最近の論文を簡単に見てから、本の内容を紹介したいと思います。日本のamazonでも英語版の電子書籍が購入できますので、気になった方は是非買って読んでみて下さい。英語が苦手な方は、この手の本は近い内に日本語訳が出版されてベストセラーになると思いますので、数年待ってみても良いと思います。
バラバーシの最近の論文
そもそもバラバーシがどういった人物なのか、最近の論文をチェックしておくと分かりやすいかもしれません。
創薬分野においては、PPIネットワーク解析を利用したドラッグリポジショニングや併用療法の探索を報告しています。
「成功」という一見して俗世間的なテーマを研究対象にしていることも特徴的です。例えば、優れた芸術家が埋もれてしまい、そうでもない芸術家ばかりが有名になってしまう理由をネットワーク論的に明らかにしています。「有名な芸術家はなぜ有名なのか」「なぜベストセラーがよく売れるのか」といった具合です。
本書はこれらの研究成果も交えながら、「社会的な成功が何に由来しているのか」という問題を紐解いています。純粋な興味で研究を行っているのでしょうが、こういった世間にアプローチできる研究を通じたエバンジェリスト的活動は、結果的にバラバーシ自身の「成功」につながっているようです。
本書における「成功」の定義
本書における「成功」の定義には注意が必要です。研究対象としての「成功」は客観的に観測できるものでないといけないので、主に周囲からの評価を「成功」と定義しています。もっとも、現代人が興味をもつ「成功」とは社会的な成功のことが多いでしょうから、受け入れやすい定義だと思います。
もちろん個人的な成功も人生には不可欠なもので、バラバーシはこれを否定しているわけではありません。過酷なリハビリを経て怪我から復帰することは個人の成功ではありますが、その見返りは満足感や達成感など個人の中に留まっています。「成功」を客観的に観測できないため、研究対象にすることができないわけです。
ただし、怪我から復帰した結果として、大会で優勝して賞金や広告料収入を得るなどした場合は、本書の「成功」の定義に当てはまります。賞金や広告料収入は周囲から評価された結果得られるもので、客観的に測定可能だからです。
成功の普遍的法則
本書で提唱されている成功の普遍的法則は5個あります。いずれも複数の研究や具体例で補強されており、非常に親しみやすく説得力があります。詳細を解説したいところですが、これは次回以降に回すことにしましょう。
第一法則 パフォーマンスが成功をもたらす。ただしパフォーマンスが測定できない時はネットワークが成功をもたらす。
第二法則 パフォーマンスは有限だが、成功は無限である。
第三法則 過去の成功 × 適合 = 未来の成功
第四法則 チームの成功には多様性とバランスが必要だが、その名声を受けるのは一人だけである。
第五法則 忍耐があれば、成功はいつでもやってくる。
感想
あのバラバーシの本だからと深く考えずに購入しましたが、結果的に大正解でした。もっと早く出版してくれていたらと思うくらいで、自己啓発本の中では久しぶりの個人的大ヒットです。野心家の方々には是非オススメしたいです。
多かれ少なかれ「成功」をテーマにした自己啓発本は書店にも無数に並んでいるものですが、そのどれもが非科学的で参考にならないものだったと思います。なぜか成功した著者が人生を振り返り、後付けで成功と過去の行動を紐付けたような構成で、主観的で参考にならないものだったからです。正反対のことを言っている本や、自慢話と区別できないようなものもあるくらいです。もっとも、そういった本が世の中にあふれているのは、それだけ世間が「成功」を渇望していることの裏返しでもあります。
本書がそういった非科学的な「成功」本と一線を画するのは、成功というものを科学的に解釈し、その性質を普遍的法則としてまとめたことにあります。法則というのは運動の第一法則などと同じで、いつでもどこでも全てのものに当てはまるルールです。
いくつかの法則は、今の自分にはネガティブに思えることもあるでしょう。しかし、法則を変えることはできません。だから、成功を勝ち取るには法則の中でどのように振る舞うか、ということを考えれば良いわけです。
良い飛行機を作りたい人は、運動の法則を変えようとは決して考えません。逆に、良い飛行機を作るために運動の法則をどう利用するか、という風に考えます。運動の法則も見出されていない時代は、経験や伝聞に基づいた試行錯誤ばかりだったはずです。法則が提示されるということは、それに基づいて物事を科学的に考えられるようになる、という強烈なインパクトがあるわけです。
第一法則は、テニス選手と芸術家の違いから始まります。テニス選手のパフォーマンス(能力)はポイント制のランキング制度で正確に測定可能で、トップランカーはスポンサーからの莫大な広告料収入(成功)を得ることができます。一方、芸術家のパフォーマンスとはなんでしょうか?絵が上手に描けることと、描いた絵の値段(成功)はほとんど関係がありません。
実のところ、世の中でパフォーマンスが正確に測定できるものは滅多に無いものです。それでは、何が成功を左右しているのか?決め手はネットワークです。ネットワークサイエンスの第一人者バラバーシとともに「成功」の科学を紐解いていきましょう。