次世代創薬としてのネットワークファーマコロジー

ネットワークファーマコロジー(ネットワーク薬理学)という言葉がいつから使われているのか定かではありませんが、その重要性が広く認知されたのは2008年に出版されたHopkinsによるレビューからではないでしょうか。

ネットワークファーマコロジーは、近年の人工知能の発展とデータベースの蓄積ととともに重要性を増しています。決して最新の概念というわけではありませんが、ここでいったん理解しておくと良さそうです。

ネットワークファーマコロジーとは

ネットワークファーマコロジーは、システムバイオロジー(ネットワークバイオロジー)を創薬に応用した概念です。生体内のタンパク質そのものよりも、むしろタンパク質等が作るネットワークに着目し、効果的で安全な標的やその組み合わせを見出そうという試みです。

そもそも現代の創薬科学は、単一標的創薬という一つのパラダイムの中にあります。すなわち、一つの病気の原因を一つのタンパク質(遺伝子)に求め、それに選択的に作用する一つの化合物を取得することで、有効かつ安全な薬剤を見出す、というものです。

しかし、生物というのはそれほど単純なものではありません。単一遺伝子のノックアウトが大抵の場合、表現系にほとんど影響を与えないことからも分かるように、生物には頑健性があります。すなわち、どこか1か所に異常があっても、余剰・代償的な機能が働くことで、影響を抑えることができます。

この頑健性は、生体内の複雑なネットワークに由来しています。生体内ではタンパク質や代謝物、DNA等が相互作用しネットワークを形成しているため、多少の撹乱には耐えることができるのです。

この関係は、東京の路線図を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。山手線が止まっても大抵の場所には無理なく移動できますが、それに加えて地下鉄のどれか1本が止まったら、さすがに行きにくい場所が出てきます。このように、ネットワークは単一の撹乱には耐えることが多いですが、それが複数合わさると恒常性を維持できなくなってしまうというわけです。

疾患の場合も同様に考えることが可能で、どこか1か所を薬剤で改善しても効果が小さいことが多いが、同時に2か所を薬剤で改善したら効果が出る可能性がある、ということになります。そのような2か所を見つけるために生体内のネットワークを理解しようというのが、ネットワークファーマコロジーの概念です。

Synthetic Lethality(合成致死性)

本当にそんな例があるのか?という疑問が当然湧くと思います。ネットワークファーマコロジーを利用して抗がん剤の安全性を高めた例の一つとして、Synthetic Lethality(合成致死性)を考えてみましょう。

ヒトにはPARPとBRCA1/2という2種類のDNAの修復酵素が発現しており、PARPが変異しても大きな影響はない一方で、BRCA1/2の変異はがん化を促進させることが知られています。また、PARPとBRCA1/2の両方の機能が失われると、その細胞はさすがに生存することができなくなります。このように、それぞれ単独の異常では致死性を持たないが、両方に異常があると致死的になる現象を、合成致死と呼びます。

アストラゼネカのリムパーザは、そのPARPというDNA修復酵素を阻害する作用をもった抗がん剤です。通常の細胞においては、PARPはもちろん重要ではありますが、必ず必要というわけではありません。通常細胞にはBRCA1/2という別のDNAの修復酵素も発現しており、PARPの異常はある程度カバーできるからです。

一方、BRCA1/2遺伝子変異をもつがん細胞を考えてみましょう。このがん細胞にPARP阻害剤を作用させると、BRCA1/2とPARPの両方の機能が失われるため合成致死が起こります。従って、PARP阻害剤は合成致死を利用してがん細胞選択的に攻撃することができるのです。

従来の抗がん剤は、がん細胞は分裂が速いということに注目したものだったため、同じく分裂の速い正常細胞もダメージを受けたものです。従来のように単一タンパク質(遺伝子)を標的とするよりも、合成致死のように生体内ネットワークそのものを標的することで安全性を高めることができた好例と言えます。

ポリファーマコロジー

合成致死はどちらかというと安全性を高めた例でしたが、薬効を高める2剤以上の組み合わせというものも考案可能です。複数のタンパク質を標的にすることで疾患を制御しようという概念をポリファーマコロジーと呼びます。

ポリファーマコロジー自体は決して珍しいものではありません。あの有名なペニシリンも実は複数のペニシリン結合タンパク質に作用することで抗生物質としての作用を発揮していますし、多剤併用療法はHIVやがん治療で一般的に行われていることです。しかし、それらは経験的に見出されたものであり、創薬として最初から2標的を狙い撃ちすることはほとんどありませんでした。

併用療法は2剤以上を用いるため、代謝酵素を介した薬物間相互作用や、オンターゲット性の予測困難な副作用が生じることがあります。用量設定も自明ではないので臨床試験が必要ですし、2剤とも自社品でない限りは特許の関係で開発自体が難しいという事情もあります。

このような課題に対して、ペニシリンのように1剤で複数のタンパク質を標的にできる化合物を作ろうという試みも行われており、狭義のポリファーマコロジーはこちらを指すことが多いようです。

もっとも、このアプローチはメドケム的には非常に困難が予想されます。複数標的に対するファーマコフォアを持たせた化合物は必然的に大きくなってしまい、Lipinskiの法則に抵触します。共通のファーマコフォアをうまいこと見出すことができれば不可能ではありませんが、ドッキングなどin silico創薬を駆使しても難しいように思います。

というのも、既にADMETのパラメータでがんじがらめにされている低分子のデザインに、更に制約の厳しい薬理活性のパラメータがもう一つ加わるのだから、 技術とは違う次元の問題があるような印象が持たれるからです。

現在は、併用療法としてのポリファーマコロジーをネットワークファーマコロジーで探索する、という使い方が模索されており、近年論文報告が増えてきています。これについては、またの機会に紹介することにしましょう。

出典

Network pharmacology: the next paradigm in drug discovery

A. L. Hopkins, Nature Chem. Biol., 4, 682 (2008)

doi: 10.1038/nchembio.118

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